章爺の部屋

2日掛りの帰京

2日掛かりの帰京

2日掛かりの帰京
A-3

3)-1
我々は普段 何の疑いも無く軽い気持ちで文明の機器
飛行機なるものを利用している。今回の帰省程ヒョンな
トラブルから行きは良い良い帰りは怖いを 充分味あわ

 

されたものは無かった。普段は大変な時間と距離を短縮
して 移動していることを 改めて思い知らされたのである。
さて そんなこんなの天気続きで 帰郷しても好きな海

 

には1度も浸かれず9日間 同窓会みたいなもの3回
星原祭り 牧川祭りと祭り2回お客さん多数 朝から
晩までひたすら酒浸りと だいぶん肝臓と体力が
衰弱 致しました。      ≪    続く    ≫

 

3)-2
帰りがまた大変 オープンチケットの悲しさか 行きがけに
(島へ渡る前に)鹿児島空港の可愛い子のいるカウンターで
リザーブしたつもりの日付が なぜか違っていて 種子島から

 

キャンセル待ちになる羽目に水中翼船トッピーも考えましたが
飛行機よりも人気有る乗り物だからまず無理 時間は
掛かるが 出島(ほんとに長崎から来た船だそうです。

 

1000トンの普通の客船)に乗れたとして 港までの)
移動距離と鹿児島へ着いて市内から
空港までの距離を考えると,難しい判断でした。
≪    続く    ≫
3)-3
あきらめて 待つことにしましたが,それから 待つこと
4時間 遅れること 1時間 飛び立ったは 良いが
鹿児島空港の 滑走路見えず〔視界不良〕降りられず

 

福岡空港に向かおうとしたら 悪天候の為不可 最悪は
宮崎空港へ向う腹を決めて 鹿児島上空の真っ白の
何も見えない雲のなかを 小型機でブンブン飛ぶこと

 

1時間40分通常25分から30分の道程を考えると
ひどいものでした。 これで終わりではありませんでした。
鹿児島空港での空席待ちは JAL,ANA,とも

 

180番台から230番 結局兄の家に 1泊避難
せざるを 得ませんでした。
 ≪    続く    ≫
3)-4
次の日も 朝9時頃行ったら もう100番台何せ
1便につき2,3人 多くて7,8人が呼ばれる状況で
きょうもダメだとあきらめていたのですが ものは試して

 

みる ものと JALの呼び出しカウンターの前で1日中
座り覚悟で座りこんでいたところ 哀れかわいそうと
思われたのでしょうか はたまたJALのチケットを

 

持って いたのが 功を奏したのでしょうか
係りの女の娘が ツカツカと寄って来てくれて
当方の115番とJALのチケットを確認すると

 

瞬く間に7番からの人から始まって 最後は
とうとう115番までの人迄 わずか15分位の間に
吊り上げてくれました。115番を言われたとき

 

JALの チケットと 一緒にサっと出すとすぐに
取ってくれました。 そしてまた25番の人から
始めておりました。それでも乗れたのは 鹿児島発

 

最終便の20:30でした。いやはやこんなに 疲れた
帰京は ここ30年の 記憶で 初めてでした。
良かった事と言えば 客人や祭りで ほんとに懐かしい 

 

顔の知人や 同級生と会えたこと。 年老いた母親と
ゆっくり話ができた事でした。 
ほんとに遠いですよ。 千葉と 種子島は
                 ≪  終り  ≫

 

 

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